たとえば家を建てるとき「お任せください」という領域ですね。その時は自分が愛情をこめてその建物を建てるわけでしょう。いよいよものができて、今度は向こうへ移しますね。私はいつも乳母のたとえをするんですよ。建築家というのは乳母みたいなものだ。クライアントから頼まれるけれども、それは本当の愛情がなければ本当の乳母になれない。そして育てていよいよ一人前になって親元へ返す。そうすると今度は親元が乳母と同じような気持ちで育ててくれなければ、乳母が考えた通りの建築も姿を出ないわけです。ですからいままでは手塩にかけて自分が自由にしたものを向こうにお渡しした後、「どうか見せてください」といって私は見に行くんです。玄関でマットが斜めになっていれば自分で直すというぐらい、見ていてはらはらしているわけです。

組織やビジネスの要求を99%まで含んでも、村野に頼んだ以上、最後1%は村野の思想や個性が残る。その1%を依頼者が認めるかどうか、それが建築家と依頼者の信頼関係の基礎になるのですね。そして場合によって、その1%が支配的なものになる。だけど本当は逆なんですよ。だって99%は建築家が知っていなければ、あと1%を支配するだけのものにはならんでしょう。単なる1%だけが残っているんじゃだめなんだ。